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大阪高等裁判所 平成8年(ネ)3673号 判決 1997年6月26日

控訴人(附帯被控訴人)(原告)

山本容子

被控訴人(附帯控訴人)(被告)

中尾和代

主文

一  本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、金七四四万七二七〇円及びこれに対する平成五年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

四  この判決は、一項1に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  本件控訴

1  控訴人

(一) 原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対し、金二二九五万九一四二円及びこれに対する平成五年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(三) 仮執行宣言。

2  被控訴人

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。

二  本件附帯控訴

1  被控訴人

(一) 原判決中、被控訴人敗訴部分を取り消す。

(二) 控訴人の請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  控訴人

(一) 本件附帯控訴を棄却する。

(二) 附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  原判決の引用

原判決事実摘示関係部分を引用する。

ただし、次のとおり補正する。

原判決二枚目表六行目の「後記」を「後記二1記載の」と改める。

四枚目表七行目の「原告車両に急制動の措置をとり、」を「急制動の措置をして、控訴人車両を」と改める。

同九行目の「自車進行方向」を「本件交差点に進入するに際し、右方向」と改める。

二  当審附加主張

1  控訴人

(一) 聴力障害

本件事故によつて、控訴人は、「両耳の聴力が一メートル以上の距離では普通の音声を解することができない程度」(自動車損害賠償保障法施行令別表〔以下「別表」という〕九級七号)の聴力障害を受けた。

なお、控訴人は、本件事故前から両耳に感音難聴があつたが、従前は日常会話にほとんど困らなかつたのが、本件事故の影響により右のとおりとなつたのであるから、素因減額をすべきでない。

(二) 視力障害

本件事故によつて、控訴人は、視力低下、複視、眼瞼下垂の視力障害を受けた。

なお、控訴人の斜視は、眼筋の麻痺のない共同性斜視である。そして、控訴人の斜視は、控訴人の両眼機能が完成した後に、本件事故によつて発症したものである。控訴人の複視は、本件事故によつて発症した斜視によつて生じている。

また、控訴人の前示視力障害に、年齢的要因が影響しているとしても、それは中高齢者一般にみられる年齢相応の身体的変化であり、素因減額の対象とすべきではない。

さらに、控訴人の前示視力障害に、心理的要因が影響しているとしても、それは通常人が誰でも被るべき程度のものであり、素因減額の対象とすべきではない。

2  被控訴人

(一) 本件事故

本件事故は、低速走行中の車両同士の衝突事故であり、衝撃もわずかである。この程度の事故で後遺障害が生ずるはずがない。

(二) 聴力障害

控訴人の聴力障害は、本件事故と相当因果関係がない。

(三) 視力障害

控訴人の視力障害は、本件事故と相当因果関係がない。

理由

第一争点1(本件事故の態様等)

一  原判決第三の一(四枚目裏五行目文頭から六枚目裏九行目文末まで)を引用する。

ただし、原判決六枚目裏五行目の「本件事故」から同六行目文末までを「これを怠つた点で本件事故に関し過失がある。」と改める。

二  右引用の原判決第三の一の説示のとおり、被控訴人は、被控訴人車両を一時停止させてはいるが、その後本件交差点に進入するに際し、東西道路の右方向の確認をほとんどしていない。このような状況で本件交差点に進入し、本件事故を招いた過失は重大である。これに対し、控訴人は、できる限り安全な速度と方法で進行しなかつた点において過失があるが、その程度は被控訴人に比較して小さい。そうであるから、本件事故に対する過失割合は、右説示のとおり、控訴人が一五パーセント、被控訴人が八五パーセントとするのが相当である。

第二争点2(控訴人に生じた損害額)

一  争点2に関する控訴人の主張は、原判決添付別表の請求欄記載のとおりである。

なお、原判決中「慰謝料」とあるのを「慰藉料」と改める。

二  控訴人の傷害等

1  外傷

原判決第三の二1(一)(1)(七枚目表七行目文頭から同裏六行目文末まで)を引用する。

ただし、次のとおり補正する。

七枚目裏五行目の「後遺障害非該当」を「別表一四級一〇号」と改める。

2  聴力障害

原判決第三の二1(一)(2)(七枚目裏八行目文頭から八枚目裏一行目文末まで)を引用する。

ただし、次のとおり補正する。

七枚目裏八、九行目の「弁論の全趣旨」の前に「第五九号証の一、二、」を加入する。

八枚目表七、八行目の「あり、本件事故前と比べてやや悪化していること」を「あること」と改める。

同一〇行目の「別表一〇級五号」を「別表一〇級四号」と改める。

3  視力障害

原判決第三の二1(一)(3)(八枚目裏三行目文頭から九枚目表二行目文末まで)を引用する。

ただし、次のとおり補正する。

八枚目裏四行目の「関屋」を「関谷」と改める。

同末行目の「、自賠責保険」から九枚目表一、二行目の「認定がされたこと」までを削除する。

三  損害

1  治療費及び通院交通費 合計八七万九一四二円

前示二の説示によれば、後記治療費及び通院交通費は、すべて本件事故と相当因果関係があると認められる。

(一) 治療費 七七万〇四五二円

原判決第三の二2(二)(原判決九枚目裏一〇行目文頭から一〇枚目裏二行目文末まで)を引用する。

(二) 通院交通費 一〇万八六九〇円

原判決第三の二2(二)(原判決一〇枚目裏四行目文頭から一一枚目表三行目文末まで)を引用する。

2  付添・介助費 〇円

原判決第三の二2(三)(原判決一一枚目表五行目文頭から一一枚目裏一行目文末まで)を引用する。したがつて、付添、介助費は認められない。

3  慰藉料 一〇〇〇万〇〇〇〇円

(一) 外傷(後遺症)

控訴人は、前示二1の説示のとおり、本件事故により、外傷として右肩関節可動域制限の後遺障害を負つている。なお、自賠責保険手続においては、右障害につき、一四級一〇号との認定がされた。右障害は、慰藉料を算定するに際して考慮すべき事項である。

(二) 聴力障害(後遺症)

控訴人には、前示二2の説示のとおり、聴力障害がある。もつとも、同説示のとおり、控訴人には、両感音難聴の既往症があつた。このため、平均聴力レベルも本件事故前から既にかなり低下していた。そして、本件事故後、控訴人の平均聴力レベルの数値自体はさほど悪化していない。

しかし、証拠(当審及び原審における控訴人本人)に弁論の全趣旨を総合すると、控訴人は、本件事故後、日常会話にかなりの支障が生じていることが認められる。そして、控訴人の右のような聴力障害の悪化は、その発生機序の詳細は明らかでないが、本件事故が原因となつて生じたものということができる。なお、自賠責保険手続においては、右障害につき、一〇級四号との認定がされた。

したがつて、右障害は、慰藉料を算定するに際して考慮すべき事項である。

(三) 視力障害(後遺症)

証拠(甲一〇、甲一一の一ないし三、甲一二の一ないし五、甲三七、甲三八、原審証人関谷善文)に弁論の全趣旨を総合すると、次のとおり認められる。

(1) 控訴人は、内斜視、右上眼瞼下垂、眼精疲労の傷病に罹患し、両視力低下、複視、右眼痛の障害がある。

(2) 控訴人は、事故前は矯正視力によりとくに支障なく日常生活をしていた(運転、読書等にも支障はなかつた)。ところが、本件事故後、視力が低下し、現在右〇・一、左〇・一ないし〇・二(いずれも矯正視力)と不良であり、改善の見込みはない。

(3) 控訴人には、眼筋の麻痺のない共同性斜視がある。このため、控訴人には、正面視で複視が生じている。

(4) 眼瞼下垂、眼精疲労は、斜視が原因となつて生じているものと考えられる。

(5) 本件事故による視力低下や複視の障害の発症機序の詳細は判然としているわけではない。しかし、本件事故によつて右症状を呈しているものと認められる。

以上によれば、右障害は、慰藉料を算定するに際して考慮すべき事項である。

(四) 控訴人の本件事故前からの疾患、心因的要素について

(1) 被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾患とが共に原因となつて損害が発生した場合において、当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、被害者の疾患を斟酌することができる(最判平四・六・二五民集四六巻四号四〇〇頁)。

また、身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害が加害行為のみによつて通常発生する程度、範囲を越えるものであつて、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要素が寄与しているときは、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができる(最判昭六三・四・二一民集四二巻四号二四三頁)。

(2) 以上の観点に立つて、本件について検討する。

イ 控訴人には、本件事故前から、両感音難聴の既往症があつた。このため、平均聴力レベルは既にかなり低下していた。もつとも、控訴人の自覚症状はそれほどでもなく、その程度は日常生活に支障をきたす程度には達していなかつた。そして、本件事故後も、控訴人の平均聴力レベルの数値自体はさほど悪化していない。ところが、本件事故による聴力障害の進行は、控訴人の日常生活にかなりの支障を生じさせた。

そうであるとすると、控訴人の現時点における聴力障害(後遺症)は、本件事故による作用と、控訴人の既往の疾患とが共に原因となつて発生したものというべきである。

ところで、本件事故前の控訴人の既往症は、それ自体では、いまだ日常生活に支障をもたらす程度のものでなかつた。しかし、その聴力障害レベル等の当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのは公平を失する。そうすると、本件事故による聴力障害(後遺症)に関する慰藉料を算定するに際しても、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、被害者の既往の疾患を斟酌すべきである。

ロ 控訴人の視力障害に心因的ストレスが寄与しているとみる余地がある(原審証人関谷善文)。

しかし、控訴人の右心因的ストレスは、本件事故に遭遇したことにより、通常人であれば誰にでも生じうる内容及び範囲のもので、これを越えたものと認めるべき的確な証拠がない。そうであるから、右心因的ストレスによつて控訴人の視力障害が一層悪化しているとしても、そのことによつて、控訴人の視力障害が、本件事故によつて通常発生する程度、範囲を越えるものであるとは直ちにいえない。

また、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らしても、控訴人の視力障害(後遺症)による慰藉料を算定するについて、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、心因的要因を斟酌すべきものともいえない。

ハ 控訴人の聴力障害や視力障害に、控訴人の年齢的要因がある程度寄与していることは否定できない。また、MRI検査によれば、控訴人の大脳には、多発性の梗塞が散在性に存在するが、これは控訴人の年代であれば、何ら疾患のない正常な者についても高率に認められるものである(甲五五、原審証人関谷善文、弁論の全趣旨)。

しかし、原審証人関谷善文は、右梗塞が、本件事故が契機となつて生じる可能性も否定していない。また、一般的にみて、加害者において、控訴人のような高齢者が交通事故の被害者となることは十分予測できる。そうであるから、控訴人の年齢的要因が右各障害に寄与しているとしても、その寄与の程度は、前示心因的要因と同様に、本件事故によつて通常発生する程度、範囲を越えるものであるとは直ちにいえない。さらに、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らしても、控訴人の視力障害(後遺症)による慰藉料を算定するについて、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、年齢的要因を斟酌すべきものとはいえない。

(五) 控訴人は、本件事故により前示のとおり、入通院を余儀なくされた。その実日数は二四〇日である。右入通院の点も慰藉料の算定に際して、考慮すべきである。

(六) 当裁判所は、前示(一)ないし(五)のほか、本件に顕れた諸般の事情を斟酌した結果、本件事故による慰藉料額として一〇〇〇万円が相当であるものと判断する。なお、右金員の内、後遺障害に相当する分は八三〇万円である。

4  小計

以上1ないし3の合計は一〇八七万九一四二円となる。

四  過失相殺

前示のとおり、本件事故に関する控訴人の過失割合は一五パーセントとである。したがつて、右割合を、前示三4の一〇八七万九一四二円から控除すると九二四万七二七〇円となる。

計算式 10,879,142×(1-0.15)=9,247,270

五  損害の填補

控訴人は、被控訴人から二〇五万〇八二〇円の支払を受けた(争いがない)。また、被控訴人は、高橋病院の治療費四四万九一八〇円の支払をした(乙三、弁論の全趣旨)。

そうであるから、右合計二五〇万円を、前示四の過失相殺後の要償額九二四万七二七〇円から控除すると、六七四万七二七〇円となる。

六  弁護士費用

本件認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用は七〇万円をもつて相当と認める。

七  損害賠償額合計

前示五の六七四万七二七〇円と前示六の七〇万円を合計すると七四四万七二七〇円となる。

第三まとめ

以上に判示したところによると、控訴人の被控訴人に対する請求は、金七四四方七二七〇円及びこれに対する平成五年三月一八日(本件事故発生日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

第四結論

よつて、本件控訴は一部理由があるから、これと異なる原判決を主文一項のとおり変更し、本件附帯控訴は理由がないから、これを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉川義春 小田耕治 杉江佳治)

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